Research 我々の利き手のように、左右非対称な行動は幅広い動物で見られる現象です。 行動は脳で制御されることから、同じ種でありながらも右利きと左利きの脳 には違いがあると考えられます。しかし、ひとえに脳の複雑さゆえに、 その詳細なメカニズムは明らかになっていません。 わたしは、単純ながら脊椎動物の脳の基本構造をもつ魚類を主な対象として、 右利き・左利きの仕組みと役割、脳の左右差との関係性について、 神経科学、ゲノミクス、生態学の分野融合的アプローチから研究を展開しています。 実際の研究の様子については、こちらをご覧下さい。 3S研究者探訪(稲盛財団) 研究テーマ
研究紹介 (出版年順)7. 左右性の進化 6. 左右非対称な行動を司るメカニズムの解明 5. 魚類の社会行動と左右性 4. 熱帯魚類群集の持続性とそのパターン 3. タンガニイカ湖産エビ食シクリッド魚類における左右性の動態 2. ナミハンミョウ幼虫による密度効果の検出 1. アゲハの色識別に必要な最小サイズ 共同研究 I. ライチョウの営巣習性 7. 左右性の進化 マラウィ湖に生息するシクリッド(Genyochromis mento)が、他の魚のヒレを摂食するのに特殊化した歯や下顎骨をもち、獲物への襲撃方向(右または左)には個体ごとに好みがある(=利きがある)ことを明らかにした。「ひれ食行動」を高速度カメラを用いて解析すると、ひれにかみつく直前の頭を傾ける行動に「右利き」と「左利き」があることが分かった。 これまでに、魚食魚やエビ食魚でも捕食行動に利きが報告されていることから、「逃げる相手を襲うタイプの捕食魚の摂食行動には利きが現れる」という新しい仮説が導かれた。また、利きの強さには種間差があることも今回見出され(鱗食魚>ヒレ食魚)、それには食性や進化的時間スケールの違いが関係すると示唆された。 アフリカ・タンガニイカ湖の南部に位置するマラウィ湖。 こちらの湖にも多種多様なシクリッドが生息している。 <掲載誌> The Journal of Experimental Biology. (2019). <紹介記事> JSTの情報サイト・サイエンスポータル 6-3. 鱗食魚の利きの獲得プロセス-実験的検証- 研究に関する取材に応じました。こちらからどうぞ。 JSTの情報サイト・サイエンスポータル 一般向けの研究紹介 Academist Journal 英文プレスリリース EurekAlert!(リンク) AlphaGalileo(リンク) Asia Research News(リンク) Science Daily(リンク) Phys.org(リンク) Science Newsline(リンク) <掲載誌> Scientific Reports (2017) 7: 8984 6-2. 鱗食魚の利きの獲得プロセス-野外研究- 右利きと左利きは発達上、どのように獲得されるだろうか?利きの研究が最も進んでいるヒトの利き手ですら、獲得メカニズムは謎に包まれたままである。左右性のモデルとして有名なタンガニイカ湖産鱗食性シクリッド科魚類Perissodus microlepisの成魚は、個体ごとに口部形態に左右差があり、獲物の魚のウロコをはぎとって食べる捕食行動において明瞭な利きを示す。一方で、捕食行動の左右性が発達過程でどのように獲得されるか、そのプロセスは不明だった。 我々は、様々な発達段階の鱗食魚(体長22-115mm)をタンガニイカ湖で採集して、胃の内容分析を行い、摂食した鱗の形状を精査して捕食行動の左右性を解析した。ウロコを食べ始めた幼魚の胃からは、左右両側からの鱗が得られたことから、幼魚が獲物の両方向から襲っていたことが分かった。成長が進むと、次第に口部形態の利きと合致した体側の鱗が得られた。すなわち、右顎が発達した個体は右から襲撃し、左顎が発達した個体は左から襲撃するようになり、捕食行動の利きは体の成長とともに傾向が顕著になることが明らかとなった。 本研究では、発達段階を通じて統一した基準によって利きの獲得過程を解明した。鱗食魚は、卵がふ化してから性成熟するまでは約1年であり、短期間に行動の左右性が強化されることから、利きの獲得メカニズムを解明するには優れたモデルと考えられる。 <掲載誌> PLoS ONE (2016) 11: e0147476 <メディアでの紹介> MONOist(リンク)、Yahoo!ニュース(リンク) 財経ニュース(リンク) ハザードラボ(リンク)、Exciteニュース(リンク) 日本の研究.com(リンク) 富山新聞、北日本新聞 <英文プレスリリース> AlphaGalileo(リンク) ResearchSEA(リンク) EurekAlert!(リンク) Science Dialy(リンク) Science Newsline(リンク) 6-1. タンガニイカ湖の鱗食魚における捕食行動の左右性 動き回る被食者を捕食するには、それらが逃げる前に捕らえるといった、対象に応じた一連の俊敏な動作が必要とされる。タンガニイカ湖には、泳ぐ魚の鱗をはいで食べる鱗食魚がいるが、その行動はあまりに俊敏すぎて、その詳細は不明であった。 我々は鱗食魚の捕食行動の運動成分、左右性を解明するため、水槽内で捕食行動を高速度ビデオカメラで撮影し、運動解析を行った。典型的な捕食行動は、@被食魚後方への接近、A側方への回り込み、BS字状の構え、C左か右への胴の屈曲を伴う噛みつき、D垂直方向への体の捻り、の5過程で構成されていた。鱗食魚は被食魚にむかって体を屈曲させて噛みつく方向に著しい偏りを示し、そのよく好む屈曲方向(利き側)は口の開く方向と合致していた。また利き側の方が、その逆の襲撃より胴を素早く大きく屈曲させることで、捕食成功率が極めて高いことが分かった。その素早い屈曲運動は、後脳のマウスナー細胞(M)細胞で駆動される逃避行動の屈曲運動と酷似していることから、共通の神経回路が用いられていると示唆された。 鱗食魚(右利き)の捕食行動を捉えた連続写真 (48ミリ秒ごと)。 <掲載誌> PLoS ONE (2012) 7: e29272 <メディアでの紹介> 47News (動画ニュース) 鱗食魚による捕食シーンを見られます MSN産経ニュース (リンク) 日刊工業新聞 (リンク) マイナビニュース 中日新聞、日本経済新聞、福井新聞、愛媛新聞、岐阜新聞、 産経新聞、千葉日報、秋田魁新報、西日本新聞、四国新聞、 沖縄タイムス、日刊工業新聞 5. 魚類の社会行動と左右性 様々な動物で、威嚇行動の起こりやすい方向(視野)があることが報告されている。それは、脳の機能分化との関係性が推察されている。闘魚を用いて、威嚇誇示行動の方向と形態的左右非対称性との関係を調べたところ、威嚇行動の偏りと頭骨の左右差は対応していた。これらは、脳の機能分化の個体差を調べる上で、形態分析が有効であること、魚類の様々な行動は形態的非対称性と対応していることを示唆している。 闘魚(ベタ)のオスは、相手や鏡に映った自身の姿 に対して、威嚇誇示行動を示す。どちらの体側を 相手に魅せるかに、個体差がある。 <掲載誌> Behavioural Brain Research. (2010) 208: 106-111. 4. タンガニイカ湖沿岸魚類群集の特徴と過去20年間で起こった変化 アフリカ・タンガニイカ湖では、300種近くの魚類が知られ、その多くは固有種である。温暖化や人為改変による生物多様性への影響が懸念されるなか、この魚類群集に変化は生じているのだろうか?湖南端の沿岸岩礁域において、1×1mメッシュの永久コドラート(10×40m)を湖底に設置し、その場所にいる魚種を潜水観察によって記録するモニタリング調査を20年間(1988-2008)行った。 その結果、このコドラート内では年平均約2200匹の魚類が見られ、全体でシクリッド科魚類が54種とシクリッド科以外の魚種(ナマズなど)が6種記録された。種数と個体数の経年変化を検討してみると、大きな変化はなく、種の置き換わりもみられなかった。一方で、藻類食魚と無脊椎動物食魚の個体数は徐々に減り、デトリタス食魚が増加していることから、その群集構成は変化していると考えられた。その原因の一つには、河川からの土砂流入が関係しているのかもしれない。タンガニイカ湖の魚類群集は、今のところ高い多様性を保っているが、ゆっくりと少しずつ変化している。 魚類センサスの様子。ローテクであるが、瞬時に 種判別することのできる特殊能力を要する。 <掲載誌> Ecology of Freshwater fish. (2010) 19: 239-248 3. タンガニイカ湖産エビ食シクリッド魚類における左右性の動態
2. ナミハンミョウ幼虫による密度効果の検出形態・行動上の左右非対称性(左右性)は、タンガニイカ湖の鱗食魚で発見された。この魚には口蓋の形態的な左右差と捕食行動における左右非対称性に明らかな対応関係がある。近年、他の魚類においても同様の左右性が示された。この左右性は、魚類の捕食や逃避において利きとして発揮され、捕食者の被食者の個体数の変動に影響する。本研究では、タンガニイカ湖沿岸域魚類群集において、とりわけて多様な構成員であるエビ食シクリッドとエビの捕食被食関係に対する左右性の影響を明らかにすることを目的としている。ザンビアでの現地調査、行動実験、飼育実験を行った。 3-1 タンガニイカ湖産エビ食魚における行動の左右非対称性 行動の左右非対称性は様々な動物で報告されているが、その意味づけは定まっていない。この論文では、タンガニイカ湖産エビ食魚Neolamprologus fasciatusの捕食行動について、行動の左右の偏りと形態の左右性との対応を報告する。この種はエビを狙っているときに、左右どちらかの体側を岩に沿わせるという、左右非対称な捕食行動を示す(写真:Top画面,
6/11ページ, 右の一番下)。 Animal Behaviour. (2008) 75: 1359-1366. 3-2 ヌマエビ類における腹部の左右非対称性と行動の側方化 脊椎動物の左右非対称性はよく調べられているが、それに対して無脊椎動物の報告は非常に少ない。この論文では、2種のヌマエビにおいて、形態の左右非対称性とその遺伝性、および逃避行動の左右差を調べた。 その結果、腹部のねじれの角度の頻度分布は二山型となり、交配実験で腹部のねじれの方向は遺伝形質と分かった。また、逃避方向もこのねじれ方向と対応した二山型を示した。ヌマエビは、逃避行動に関係する遺伝的な左右二型を持っていて、それは水生動物群集での捕食被食関係に影響を及ぼすことが考えられる。 <掲載誌> Zoological Science. (2008) 25: 355-363. ミナミヌマエビの逃避行動の連続写真(左:刺激前、中:腹部を左にねじって屈曲、右:左後方へ逃避)。刺激を加えると、後方の左右どちらかへ逃げる。 個体の分布は、しばしば種内競争によって影響を受ける。ナミハンミョウの幼虫は、裸地に縦孔の巣をつくり、その入口で近くを通る獲物を捕らえる。幼虫の巣孔位置は成虫になるまでほぼ変わらないため、近くにいる幼虫の分布状態が、幼虫の生存と成長に影響することが予想される。そこで、幼虫の密度が生存と成長に及ぼす効果を調べた。調査地内の幼虫を全て個体識別して分布地図を作製し、数日おきにその齢や生存、死亡を記録した。 その結果、同齢の幼虫の密度が幼虫の生死に最も大きな影響を与えることを見出した。幼虫の大あごの大きさは餌動物の大きさを制限するため、この結果は、同じような大あごをもつ同齢同士では競争が激しくなり、結果的に巣孔の分布にも影響を及ぼすことを示している。以上は、野外個体群において個体を取り巻く環境として「密度」を用いて、生存確率への影響を分析した研究例である ナミハンミョウの成虫 巣穴でエサ動物を待ち伏せる ナミハンミョウ幼虫(三齢) <掲載誌> Population Ecology. (2007) 49:305-316. 1. アゲハの色識別に必要な最小サイズ
昆虫による視覚情報処理は個眼を単位としてはじまり、視覚能力は個眼構造と視覚神経系で決められる。では、何個の個眼があれば対象を識別できるのであろうか?私は色覚をもつアゲハの色識別能力を調べた。この能力は、訪花の発見に影響する。 アゲハでY迷路を用いた色の弁別実験系を確立し、色を識別するのに必要な個眼の数を評価した。Y迷路実験装置の一方にアゲハに餌を与えた色、他方に同じ明るさの灰色の円盤を提示して、アゲハに選択させた。様々な大きさの円盤を提示した結果、視角度にして約1°以上の円盤ならば、求蜜行動中のアゲハは赤や緑や青色を灰色から識別できた。実は、アゲハの空間分解能を決める個眼間角度や視細胞の受容角は約1°である。1つの個眼の中には、2-4種類の異なる分光感度をもつ色受容細胞があることがすでに示されている。つまり、アゲハは1個眼分の大きさがあれば色識別できるのである 黄色にエサがあることを覚えたアゲハは、黄色を 見ると近くまで飛んでいき口吻をのばすようになる <掲載誌> Journal of Experimental Biology. (2006) 209:2873-2879. 共同研究 I. ライチョウの営巣習性 ライチョウは北・南アルプスの高山帯にしか生息しておらず、日本の特 別天然記念物に指定されている。彼らの繁殖生態については知見が少なく、保全を考える上で定量的な調査が必要である。我々は、ニホンライチョウがどのような場所で巣を作っているか、乗鞍岳で調査を行った。調査した7.2 平方kmの範囲内で、合計24巣を発見した。それらの全てが、ハイマツの茂みの中の地表に位置しており、その場所はまわりの別のハイマツよりも植生高が低く、巣上の被覆度も低かった。植性に覆われた営巣場所は捕食者から見つかりにくい半面、雌親自らの逃げ道も奪ってしまう。ライチョウの場合、ハイマツの茂みの中に身を隠しつつも、ある程度まわりを見渡せて捕食者を警戒しやすい環境に営巣していることが示唆された。 ニホンライチョウのオス(左)。彼らは地上営巣し、乗鞍岳 では全ての巣がハイマツの茂みの中で見つかった。 <掲載誌> Bird Study. (2011) 58: 200-207 |